「静かな退職」について思うこと

働き方

ウォールストリートジャーナルの記事で面白い記事がありました。

職場の新フレーズ「静かな退職」って何? – WSJ

この記事によると静かな退職(者)は、

職場に現れて最低限の仕事をこなし、それ以外はほとんど何もしない層を指す。

記事本文より

仕事はやるんだけけれどもそれ以外のことに重きを置いてるという感じでしょう。

これはアメリカの話ですが、日本でも増えているんじゃないかなという感覚を持っています。

なぜかというとコロナによる仕事減少、在宅勤務の導入によって、

自身の仕事や生活、キャリアを見直して仕事以外の世界の重要性に気付いたり、

仕事だけが人生じゃないと気付いた人も多くいるのは世界共通だからです。

ステレオタイプの仕事の価値が相対的に下がってきていること。

これが静かな退職者の増加の原因になっているのだと思う。

今までは、ステレオタイプの仕事をするのが当たり前だし、みんなやっているし、

時には充実感があるしという状態だったのが、

え?この仕事在宅でできる仕事じゃない?とか昭和の企業じゃないんだからほかの企業なら。。。

みたいな、ステレオタイプな仕事に対する比較対象や、別の選択肢ができたことによる人の自然な反応の結果なのかなとらえています。

特にわが国日本の経済は、沈んでいく船なので憂慮している人も多く、

給料が少ないし、出世しても割に合った報酬がもらえないし、

何か別のことに励んだ方が人生充実するんじゃないかと思うのは自然のことだと思います。

私自身も、この「静かな退職者」ほども極端ではないですが、

類似した考えを持つ社会人の一人です。

ただ、

会社以外に100%心血を注ぐのは違うんじゃないかと思っています。

普通に残業もしますし、やる気があるときはあります。

ただ肌感覚として、10年前の若手と比べると、仕事や会社に対する愛着や本気度は少ないと思います。

社訓には正直抵抗感が強かったり、会社はどこかの軍隊か宗教かと思うこともしばしば。

私の意見としては、

・社会レベル

この問題は発展すれば、社会全体の問題になりうる。

生産性の低下、ひいてはGDPの低下につながる懸念事項だと思います。

今の若い人たちは昔に比べて比較的自由なカテゴリーに所属してから働き手となっています。

自由なカテゴリーとはいたいからいる、所属したいと望む環境とでもいうのでしょうか。

ここでいきなり忠誠心を見せろとか、残業して当たり前だという雰囲気を出されると認識の違いから心が離れてしまうことがあると思います。

これは若年層の教育や所属に関する問題ともとらえられると思います。

今の潮流としては、部活などを考えると昔よりもつらかったらやめていいし、頑張れるところで頑張ればいい。といった風潮があると思います。

おかれた場所で咲きなさいというよりも咲ける場所を探して咲きなさいといった感じでしょうか。

この背景で育った人間はおそらく、昭和の感覚とは違うんじゃないだろうか?

選択肢が常にあるし、ここで120%頑張る理由はない。頑張りたいと思ったときに頑張るだけ。

この潮流を社会がどう受け止めるか。

所属意識の変化をよしとするなら、会社への忠誠心の強要の雰囲気も減らしていくべきです。

転職によって環境をもっと容易に変えれる社会にする。

これが社会全体としての最適解ではないでしょうか。

会社へ忠誠心をみせて頑張ってほしいと思うのなら、

社会や国は頑張るにみあった価値を提供できる環境を提供すべきです。

当然みあった給与、待遇、人間関係です。

今の時代、情報化社会であらゆる選択肢の内容が明らかになっている今ではこの考えは古いと言わざるを得ないですが。

・会社レベル

会社はこの問題がなぜ起きているのか、どうすべきか真剣に検討すべきだと思います。

おそらくですが会社(雇用側)はこの問題を憂いていることでしょう。

会社にフルコミットしてくれる人間が少なくなっているのですから。

雇っている人材のモチベーションの低下と言い換えられる現象です。

これは生産性の低下、売り上げの低下、利益の低下につながるのは言うまでもありません。

むしろ、内情を暴露したりする人間やその拡散を可能にするネットやSNSが台頭してきています。

これはつまり今まで雇用側が従業員側にその立場上の違いかあることを悪用し、て逸脱したことを従業員側にできるので。

今までは、従業員は終身雇用性、また、働け働くほど給料はうなぎのぼりのあったのです。

現在はというと、給料低い、日本経済に対する不信感が相まって、ここで一生働かなければ、労働組合も仲良し組合になっていると思います。

社会への提言でも言ったように、もっと魅力的な環境整備。労働者に対する真摯な対応。これが求められていると思います。

そして、会社にあった人を探すという意味では、働いていない人にとってでもその会社の社風や取り組みがわかるように外に発信していく。ほかの企業とは何が違うのか。これを突き詰めていく。

・個人として

個人としてはどうだろうか?

静かな退職は現会社へのあきらめであると同義とらえています。

いかに副業やプライベートが充実している人がいたとしても、

同じように本業が充実しているに越したことはありません。

なので、働く企業を選ぶ際のマッチングを意識して、

就職する際にこの企業が自分に本当にあっているのだろうか?

意欲をもって働けるのだろうか?

金のためだけになっていないだろうかと、自分の心と対話する力が必要となてくることでしょう。

嫌なことをやるのは誰でもエネルギーを要します。

人のエネルギーが限られているとしたら、楽しいことにエネルギーを使いたいですね。

あとは、私自身がこのカテゴリーに属する人間なので、あまりこういう記事が世間の注目を浴びてほしくないと思っています。

社会のトレンドにはなるべきでなく、このタイプの労働者はあくまで会社の少数派であるべきです。

上で説明した理由から今後トレンドとして増えてきそうな予感もしますが、

会社にとって、社会にとって良いことではない。

個人にとっても、例えば半数近くやる気がない社員がいると、

足の引っ張り合いになるところもあると思うし、

多数になると、確実にこの状態にならないような世論の形成、制度、法律ができてきます。

FIREなどと語る私としてはFIRE民が少数だから成り立つのと同じように、

この静かな退職者も少数であるべきかと。

何事も極端に大きく振れるのはよくはないのです。

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